7.ヒトと微生物
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2017/2/3
7.1 ヒトの常在微生物 ヒトは無数の微生物と共生しながら、 特定の病原微生物を排除して生存している A.常在フローラの成立 新生児は、出産前は無菌状態であるが 出産直後から皮膚、口腔、気道、消化管等 外界と接触する部分から微生物の侵入を受ける 時間とともに、ヒトの免疫系や棲息環境に応じて淘汰され 常在フローラという固有の細菌叢が定着する
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B.ヒトのフローラ a. 皮膚のフローラ
皮膚のひだ、汗腺等 Staphylococcus epidermidis, Propionibacterium acnes, Micrococcus, Candida など
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Staphylococcus epidermidis @Wikipedia Propionibacterium acnes @NBRC
b. 上気道フローラ
鼻腔 S. epidermidis 等 S. aureus が存在する場合もある
咽頭 Streptococcus, Neisseria, Haemophilus 等
咳、くしゃみ等で飛沫感染しやすい 下部気道(線毛運動のため)、 肺胞(MΦが存在するため)は菌が少ない
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Streptococcus pyogenes @Wikipedia
Haemophilus influenzae @CDC
c.口腔
唾液中 Streptococcus mutans, S. salivarius, S. sanguinis 等 齲蝕に関与する
歯肉溝 Porphyromonas gingivalis, Tannerella forsythensis, Treponema denticola 等 歯周病に関与する
プラークは菌同士の凝集塊
5 Streptococcus mutans @Wikipedia Treponema denticola @BDJ
d. 泌尿生殖器
下部尿道 Streptococcus, Enterococcus, Escherichia 等 膀胱は無菌
膣 Lactobacillus acidophilus が優勢 pHを下げて病原微生物を抑制する
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Lactobacillus acidophilus @Wikipedia
7.2 腸管内の常在フローラ A.ヒトの消化管 a.消化管の構成 口腔から肛門までの管腔で 粘膜表面は皮膚表面と連続しており 皮膚・粘膜防御壁の「外部」に相当する 胃 小腸 十二指腸 空腸 回腸 大腸 盲腸 結腸 直腸 肛門 7
B.消化管各部位のフローラ 口腔: Streptococcus 属が多い 胃: 塩酸の酸性の影響で少なく、乳酸菌等がわずかにいる 病原性の Helicobacter pylori が存在する場合もある 小腸: Bacteroides 属等の偏性嫌気性菌が増える 大腸: Bifidobacterium 属, Clostridium 属等の 偏性嫌気性菌が優勢
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Helicobacter pylori @Wikipedia
C.腸管内フローラの定着と安定 新生児誕生の翌日には糞便に微生物がある 新生直後は大腸菌、ブドウ球菌が多い 乳幼児期は Bifidobacterium が優先 離乳後に Bacteroides, Eubacterium が増える 加齢に伴い Clostridium が増える
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Bifidobacteriums @MicrobeWiki
Bacteroides @Wikipedia
Clostridium @MicrobeWiki
D.フローラのバランス 腸管内フローラは食物由来の栄養で増殖し、 常在菌は腸内環境、分泌物、菌同士の相互作用で平衡にある Bacteroides, Bifidobacterium, Escherichia coli はほ乳類に固有で 土壌や水圏など他の場所にはいない 常在菌以外の菌は、非病原菌、病原菌ともに 2-‐3日で腸管を通過して消失する 腸管フローラのバランスの崩壊と疾患には関連がある フローラを改善すると疾患も改善する場合がある (プロ/プレバイオティクス、糞便移植)
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E. 腸管フローラの役割 a.微生物消化 食物は消化管による消化だけでなく、 微生物が関与して、短鎖脂肪酸、ビタミンK等を産生する 腸内ガス(メタン、硫化水素など)の産生 b.腸管免疫刺激 腸管にはリンパ組織が多い(腸管粘膜免疫) 無菌動物では、リンパ系が未熟 腸内細菌が免疫系を刺激して、免疫細胞の集積、 抗体産生、腸壁の肥厚化など防御機構の構築を促す c.外来菌の定着阻害 フローラが定着場所を独占して、外来菌の定着感染を防御する
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F.健康と常在フローラ ヒトと常在フローラは共生関係 無菌状態では正常な発達が不可能 ただし、常在フローラの存在場所は 皮膚・粘膜防御壁の「外側」に限られており、 「内側」に侵入して感染されないよう、常時防御されている (「内側」は無菌) 防御機構が破綻すると、非病原菌でも日和見感染をおこす
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7.3 ヒトと微生物のバランス A. 宿主−寄生体関係 a. 共生と寄生 共生: 異種の生物が相互に影響を及ぼして生活している状態 相利共生: 両方の生物が利益を得る 片利共生: 片方の生物のみが利益を得る 寄生: 片方の生物が利益を得て、もう一方が害を受ける ヒトと微生物は、相利または片利共生の関係 病原微生物はヒトに寄生の関係となる
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b.宿主−寄生体関係 微生物はヒトの防御機構によって排除する方向の抵抗を受ける 共生微生物は、抵抗性と拮抗して体内にとどまる 寄生微生物は、抵抗性が優勢な時は排除されて健康を保ち 抵抗性が低いときは感染が増大して疾患になる
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B.感染と発症 感染: 微生物が宿主に侵入、増殖し、防御機構と関係する過程 発症: 感染の結果、宿主に症状が現れた段階 感染症: 感染宿主から感染が広がっていく疾患(伝染病) 不顕正感染: 感染が成立しているが発症しない状態 潜伏感染: 感染しているが増殖せず、宿主の防御機構から 逃れて長期間にわたって持続する感染 防御機構が弱まると発症する 結核菌、ヘルペス
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垂直感染: 親から子への感染 水平感染: それ以外の感染
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7.4 微生物による感染症 A.感染症の対策 一類から四類で区分されている。 一類: 原則入院、消毒 二類: 状況に応じて入院、消毒 三類: 就業制限、消毒 四類: 感染発生状況の収集・報告
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B. 新興感染症 病原菌は200種類ほど知られている 新興感染症: 最近になって発見された感染症 エボラ出血熱、エイズなど 再興感染症: 発症が一度減少したが、再度増加してきた感染症 抗生物質耐性菌が原因 結核、マラリア等 C. 検疫感染症 海外からの上陸時に、空港等で対処される感染症 コレラ、黄熱、一類のペスト、エボラ、クリミア・コンゴ出血熱、 マールブルグ熱、ラッサ熱
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7.5 食中毒と経口感染症 A.食中毒の種類
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B. 毒素型食中毒 a.ブドウ球菌食中毒 1) 菌 Staphylococcus aureus 皮膚や上気道の常在菌で通性嫌気性のグラム陽性球菌 0.8-‐1μm程度、NaCl耐性(7-‐10%) 2) 病原性 化膿性疾患(溶血毒素、ロイコシジン、血液凝固酵素等) 食中毒は外毒素(ブドウ球菌エンテロトキシン)が原因 耐熱性タンパク質で100℃1時間でも失活しない 食品中に10-‐1200 ng/g含まれると腹痛、嘔吐等おこす 3) 発生、予防 夏期を中心に発生 食品を冷蔵保存、化膿性疾患の場合は食品を取り扱わない
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b.ボツリヌス菌食中毒 1) 菌 Clostridium botulinum 土壌菌で偏性嫌気性のグラム陽性桿菌、0.8-‐1.3×4.4-‐8.6μm 芽胞を有する(100℃で数時間生存する型もある) 2) 病原性 食中毒は外毒素が原因 易熱性タンパク質で80℃15分で失活 神経毒、強毒性(フグ、蛇の1000倍以上) 5-‐12時間の潜伏期後に嘔吐、下痢からはじまり 眼球障害(瞳孔拡散)、麻痺(呼吸困難)へ 致死率が高い(1/4程度) 3) 発生、予防 発生件数は少ないが、芽胞の混入、調理不十分等が原因となる 芽胞の死滅、毒素の不活性化のための加熱が有効
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C. 感染型食中毒 a.サルモネラ食中毒 1) 菌 Salmonella enterica、亜種、血清型が多数存在する 動物腸管の菌で通性嫌気性のグラム陰性桿菌、0.5-‐0.7×1-‐4μm 2) 病原性 104-‐8程度の菌を摂取すると、腸管上皮に侵入し炎症を起こす 8-‐48時間の潜伏期を経て嘔吐、下痢、腹痛 3) 発生、予防 食中毒の原因のトップ 鶏卵や食肉の汚染が原因
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b.病原性大腸菌食中毒 1) 菌 Escherichia coli、表面抗原で分類される(O157等) 腸管常在菌で通性嫌気性のグラム陰性桿菌、1.1-‐1.5×2-‐6μm 2) 病原性 一部の株が病原性を示す 1. 組織侵入性大腸菌 (enteroinvasive, EIEC) 大腸に感染して、上皮に侵入し 粘血性下痢等の赤痢様症状を示す 2. 毒素原性大腸菌 (enterotoxigenoic, ETEC) 易熱性毒素(LT, 60℃、30分で失活)産生型 耐熱性毒素(ST, 100℃、30分に耐性)産生型 水様性下痢をおこす
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3. 腸管出血性大腸菌 (enterohemorrhagic, EHEC) 志賀毒素、ベロ毒素を産生して血便、下痢、腹痛、 重症化して溶血性尿毒症、脳症を起こす O157が代表 4. 病原大腸菌 (enteropathogenic, EPEC) 侵入性も毒素産生もないが、 多量に接種すると嘔吐、腹痛等を起こす 3) 発生、予防 食肉などの汚染が原因
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c.カンピロバクター食中毒 1) 菌 Campylobacter jejuni、C. coli 微好気性のグラム陰性桿菌 0.2-‐0.8×1.5-‐5μm、らせん状の褶曲菌 2) 病原性 100個程度の菌で発症、 3-‐12日程度の潜伏期で発熱、下痢、腹痛 回復後にギランバレー症候群を発症する場合がある 3) 発生、予防 食肉(特に鶏肉)の汚染、水系汚染が原因 加熱(60℃20分)に弱く、加熱調理を十分にする
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Campylobacter jejuni @Wikipedia
D.経口感染症 a. 伝播ルート 食品や手指の接触を介して、または動物を経由して感染する
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b. 経口感染症の予防 伝播ルートを遮断する 1. 感染源 患者・保菌者の早期発見と隔離 輸入感染症の検疫 2. 感染経路 上下水道の衛生管理 ネズミ、ハエ等の駆除 手洗い、手指の消毒 食品、食器の衛生管理 3. 感受性対策 ワクチン接種 抵抗力の増強
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c.コレラ 1) 菌 Vibrio cholerae、血清型が多数あるO1, O139等 通性嫌気性のグラム陰性桿菌 2) 病原性 コレラ毒素を産生 数時間-‐5日程度の潜伏期で水様性下痢、嘔吐など 脱水が激しい 3) 発生、予防 インドのガンジス川流域に多い
29 Vibrio cholerae @Wikipedia
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f.ウイルス性胃腸炎 1) ノロウイルス 一本鎖RNAウイルス カキなど魚介類の食中毒の原因 ヒト-‐ヒト感染も起こり感染性は非常に強い 激しい下痢と、嘔吐 2) ロタウイルス 二本鎖RNAウイルス 糞口感染で広がる 水様性下痢で脱水しやすい
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Norwalk virus @Wikipedia
7.6 性行為感染症(STD) 性行為(性的接触を含む)によって感染する感染症のこと 体液(精液、膣分泌液、血液、母乳)中に病原体が含まれ、 粘膜(陰茎、膣、尿路、肛門、口腔、気道、眼)及び 皮膚の創傷部分から感染する A.STDの主な種類 1)ウイルス性: 性器ヘルペス、尖圭コンジローマ・子宮頸癌、 エイズ、成人T細胞白血病 2)細菌性: 梅毒、淋病 3)クラミジア: 性器クラミジア 4)真菌: 性器カンジダ症 5)原虫: 膣トリコモナス
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B.ウイルス性STD 1.性器ヘルペス 1) 病原体 単純ヘルペスウイルス(SHV) 1型(主に上半身)、2型(主に性器) 120-‐130 nmの二本鎖DNAウイルス、年間10000人程度感染 2) 症状 急性型: 発熱、全身倦怠感、所属リンパ節の腫脹、 多発性の浅い潰瘍や小水疱 再発型: 疲労等によって誘起される、症状は軽い 3)診断・治療 病変部からのウイルス抗原の検出 アシクロビルで治癒するが、潜伏感染するので再発する
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Herpes simplex virus @NIID
小水疱
2.尖圭コンジローマ・子宮頸癌 1) 病原体 ヒトパピローマウイルス(HPV)、100種類以上の型がある 発ガン低リスク型: 6,11等 (尖圭コンジローマ) 高リスク型: 16,18等 (子宮頸癌) 二本鎖DNAウイルス、年間5000人程度感染 2) 症状 乳頭状、鶏冠状、カリフラワー状の隆起性病変 亀頭部、陰唇部、肛門、子宮口等に好発 3)診断・治療 視診で判断、生検試料のPCRで型の判定 外科的切除、5-‐フルオロウラシル軟膏の塗布 潜伏期間が数週〜3ヶ月なので再発に注意 発ガン高リスク型の場合は要経過観察
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Human papilloma virus @NIID
コンジローマ病変 @NIID
3.エイズ 1) 病原体 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)1型(全世界)、2型(地域限定) 一本鎖RNAウイルス(レトロウイルス) T細胞(CD4+,CXCR4/5+)に感染破壊して、免疫系を減弱させる 年間1000人程度感染報告(男性多い) 年間500人弱エイズ発症 ①吸着(結合)、②膜融合、 ③脱殻、④逆転写、⑤核移行、 ⑥ウイルスDNAの組込み ⑦転写、⑧核外輸送、 ⑨翻訳/輸送(Env蛋白質)、 ⑩翻訳/輸送(Gag蛋白質)、 ⑪出芽/放出、⑫成熟
35 HIVの複製サイクル @NIID
2) 症状 急性期: 感染後2〜3週間でHIVが急速に増加し 発熱、咽頭痛、筋肉痛、皮疹、リンパ節腫脹、頭痛 などの症状を数〜10週程度示す 無症候期: 数ヶ月でHIV量が減少し、数〜10年無症状 発症期: CD4+T細胞数が急速に減少し、カリニ肺炎などの 日和見感染症を発症、 さらに減少すると悪性腫瘍等も発症
36 HIV感染後の経過 @NIID
3)診断・治療 血液検査: 抗原・抗体の検出、PCRによる遺伝子の検出 ウインドウ期(数週間)があるので注意 鹿児島市保健所(鴨池)で無料で実施(火曜午後) 3剤以上の多剤併用療法で発症の押さえ込みが可能 核酸系逆転写酵素阻害剤、非核酸系逆転写酵素阻害剤 プロテアーゼ阻害剤、インテグラーゼ阻害剤、CCR5阻害剤 薬剤耐性化しやすいので、定期的に、一定量 飲み続ける必要がある
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4.成人T細胞白血病 1) 病原体 ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-‐1) 一本鎖RNAウイルス(レトロウイルス) T細胞(CD4+)に感染 キャリア120万人超、沖縄・鹿児島は多い 2) 症状 ほとんどは無症状、ATL生涯発症率5%程度 ATL: 花びら様リンパ球が出現し、各種臓器に浸潤する 悪性の血液腫瘍、年間1000人程度発症 HAM: 緩徐進行性で対称性の脊髄症、歩行障害、 膀胱・直腸障害などの症状、年間30人程度発症 3)診断・治療 病態から診断、対処療法しかなく、現在は根治できない
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Human T-lymphotropic Virus @NIID
C.細菌性STD 1.梅毒 1) 病原体 Treponema pallidum subsp. pallidum 直径0.1~0.2µm、長さ6~20µmの螺旋状菌 人工培養できない、年間1000人弱感染 2) 症状 第1期梅毒: 潜伏期(3週)後、硬性下疳、局所リンパ腺症等 第2期梅毒: 3月〜、梅毒疹、バラ疹、梅毒性乾癬、脱毛症 第3期梅毒: 3年〜、皮膚潰瘍、臓器のゴム腫 3)診断・治療 臨床症状、患部での病原体の検出、血清の抗体検査 ペニシリンの大量投与で根治可能
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Treponema pallidum @NIID
硬性下疳
バラ疹
2.淋病 1) 病原体 Neisseria gonorrhoeae 直径0.6 ~1 µm のグラム陰性双球菌 年間1万人程度感染報告(男性多い) 2) 症状 淋菌性尿道炎、子宮頚管炎等 潜伏期(2 ~9 日)の後、膿性の分泌物が出現 女性は無症状に近いことが多く、キャリアになりやすい 3)診断・治療 分泌物からの病原体の検出、PCR 抗生物質投与、耐性菌が増加しており難治の場合もある
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Neisseria gonorrhoeae @NIID
D.クラミジア (性器クラミジア) 1) 病原体 Chlamydia trachomatis 直径0.3 µm の球菌、偏性細胞内寄生菌 年間2〜3万人程度感染 2) 症状 尿道炎、子宮頚管炎等 潜伏期(2 ~3週)の後、膿性の分泌物が出現 女性は自覚症状が乏しいことが多く、キャリアになりやすい 3)診断・治療 抗原の検出、PCR テトラサイクリン系、マクロライド系、ニューキノロン系の 抗生物質投与
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Chlamydia trachomatis @NIID
E.真菌 1.性器カンジダ症 1) 病原体 Candida albicans 等 出芽酵母、常在菌(疲労・ストレス等で発症) 2) 症状 膣と外陰部の炎症、膿性の分泌物が出現 口腔カンジダ症をおこすこともある 男性はほとんど症状が出ない 3)診断・治療 病原体の検出 抗真菌剤の投与
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Candida albicans @Wikipedia
口腔カンジダ症
F.原虫 1.膣トリコモナス 1) 病原体 Trichomonas vaginalis 粘膜で増殖、組織には侵入しない 下着、タオル等でも感染 2) 症状 潜伏期(10日程度)の後、膣炎・子宮頸管炎・尿道炎 男性はほとんど無症状 3)診断・治療 病原体の検出 (HIV検査と同時に可能) メトロニダゾールの投与
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Trichomonas vaginalis @Wikipedia
まとめ 1. ヒトの常在微生物 皮膚、上気道、口腔、泌尿生殖器 2. 腸管フローラ 3. ヒト-微生物バランス 寄生と共生 感染と発症 4. 感染症 5. 食中毒 毒素型食中毒 感染型食中毒 経口感染症 6. STD
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